〜 私たちの研究室紹介 〜 1. 高分子を用いてエネルギーと情報を科学する 化学物質の持つエネルギーを直接クリーンな電気エネルギーに変える方法を知っているだろうか?また化学物質の持つ情報(化学的性質、構造や形、エネルギー状態など)を電気信号に変換することが出来たらどんな未来が開けるだろうか? このように化学と電気の相互変換について研究する分野は電気化学と呼ばれる[1]。この相互変換の中心となるのが電子移動反応と呼ばれる反応である。この電子移動反応を介した化学エネルギーと電気エネルギーの相互変換、化学情報と電気信号の相互変換は、人工系そして生体系で極めて重要な役割を担っている。人工系では、酸化還元反応、電解、電池、燃料電池、センサー、トランスデューサーをはじめとして、また生体系では呼吸、代謝、光合成、神経伝達などは電気化学的な考え方や方法論と密接に係わっている。生体はある意味で、高度な化学エネルギー変換と化学情報変換する自律的な材料システムと見ることが出来る。私たちの研究グループでは、研究対象物質として我々の体を作っている中心物質でもある高分子化合物(合成高分子、生体高分子、さらにこれらのハイブリッド)を選択し、より高効率、インテリジェントであると同時にクリーンでかつ我々に優しい化学エネルギー変換系や化学情報変換系を構築する研究を進めている。 2. イオン液体とは 当研究室では現在、「イオン液体」[2]と呼ばれる物質に注目し、各研究テーマに材料・溶媒として用いている。イオン液体は陽イオンと陰イオンのみから成り、「塩」であるにも関わらず常温で液体である物質群である。例えば食塩は融点が約800
°Cであるため室温で固体であるが、イオン液体の融点は室温以下にあるため常温で液体として存在する。このイオン液体は、水や汎用有機溶媒と異なり、不揮発性・不燃性・高イオン導電性・電気分解耐性・高屈折率などの特長を一般的に有しており[3]、この10年間で急速に研究領域の広がっている物質である。 では、イオン液体は具体的にどのようなイオンからなるのであろうか? 下図にイオン液体を構成する典型的な陽イオン・陰イオンを示した。陽イオンはイミダゾール・ピリジン・ピロリジン・三級アミンなどをそれぞれ四級化したイミダゾリウム系・ピリジニウム系・ピロリジニウム系・アンモニウム系などから成る。陰イオンはBF4-・PF6-・CF3SO3-・CF3CO2-・TFSIなどから成る。これらの陽イオンと陰イオンを組み合わせることでイオン液体を創り出す[4]。このようにイオン液体は、陽イオンと陰イオンの種類の積もの組み合わせ可能で、さらに用途に応じてイオンをデザインできるため、「デザイナーズソルベント」と呼ばれ、世界的に注目を集めている。 イオン液体の現在の研究を大きく分類すると @
イオン液体の性質を理解しようとする研究 A
イオン液体を反応や分離の溶媒に用いる研究 B
イオン液体を新物質・新材料として利用しようとする研究 となる。私たちの研究グループでは特に@とBの研究に興味を持ち進めている。 @に関しては「イオン液体は本当にイオンから成る液体か?」という視点の研究を進めている。私たちは中学校や高校で「塩は溶媒に溶けることによってイオンに電離する」と習った。従って「イオン液体がイオンから成る液体ならば、どうして溶媒無しで電離できるのか?」という疑問が沸く。こんな素朴な疑問に答えられるような研究を進めている[4][5]。 Bに関しては、特に「イオン液体を不揮発・不燃性のイオン伝導体として利用しようとする研究」を進めている。例えば、リチウム電池[6]、燃料電池[7]、太陽電池[8]、キャパシター[9]、アクチュエータ[10]の様なクリーンエネルギー変換・貯蔵デバイスに適用可能にするためのイオン液体の分子設計を進めている。 このようにイオン液体を従来の電解質溶液に代わるイオン導電体として適用する場合、「イオン液体の固体化」は重要かつ発展的な研究課題である。イオン液体の長所を活かしつつ固体化するためにはどうすれば良いだろうか? 我々はその解決策として高分子とイオン液体の組み合わせを世界に先駆け提案した[3c][11]。例えばイオン液体中に重合開始剤、架橋剤、そしてモノマーを溶解させ重合反応を行うと、無色透明の自己支持性を有する固体を得ることができる。これは高分子網目構造の中にイオン液体が閉じ込められているので、私たちは「イオンゲル」と呼んでいる。イオンゲル化はイオン液体の特長を保持したまま固体膜化を可能とし、長時間放置してもイオン液体が揮発しないため、ゲルの物性は半永久的に変わらない。すなわちイオンゲルは、従来の電解質溶液に取って代わる固体電解質として期待されている。 3. 研究テーマとその概略 本研究室のテーマを図にまとめた。大きく分けて“Polymer Ionics”グループと“Nano Materials”グループがある。それぞれのグループに共通しているのは、基礎研究から着手し、発展研究を将来の目標に掲げている点である。すなわち「将来ビジョンを持った戦略的基礎研究」を推進し、新物質・新材料・新デバイス開拓のための新しいコンセプトを世の中に提示することを目的としている。平たく言えば新しいコンセプト(作業仮説)を持って、自ら合成・作製したものを、自ら評価・解析を行うことが当研究室の特徴である。 当研究室にはこの2つの大グループの元に非常に多くの研究テーマがあるが、お互いの研究を自らの研究に取り入れるなど、研究室内外で「研究の共同・融合」が進んでいる。以下に当研究室のテーマの2本柱について説明する。 (1) Polymer
Ionicsに関する研究 【One Point説明】 クリーンで高効率なエネルギー変換・貯蔵系を実現するために新しいイオン液体やイオン伝導性高分子を分子設計し、これを電解質として用いた電気化学の基礎を確立する研究を行っている[2(b)][12]。21世紀には本研究の応用例であるリチウムポリマーバッテリー、高分子固体電解質型燃料電池が搭載された電気自動車、新しい太陽電池、そして電気エネルギーを力学的エネルギーへ直接変換するアクチュエータの実現などが期待されている。 【研究内容】 イオン液体やイオン伝導性高分子(リチウム系、プロトン系、電子輸送系など)の開発と物性評価・導電機構の検討、これを電解質とした(固体)電気化学系や電気化学機能界面の構築、
高分子中における酸化還元錯体間の電子移動反応の解析、リチウムポリマー電池、燃料電池、太陽電池、ソフトアクチュエータへ適用するための分子設計の手法を研究している。
(2) Nano
Materialsに関する研究 【One Point説明】 「ナノテクノロジー」という言葉が世間を席巻している。材料にナノスケール・マイクロスケールの構造を創り込むと、既存の材料に無かった機能を発現するという強い期待があるためである。研究室でも新しいナノ構造を持つ物質を創り出し、その物理化学的・電気化学的挙動の詳細な研究を行っている。 【研究内容】 (1) コロイド結晶鋳型法を用いた多孔質材料の創製と機能評価、具体的には電気化学的刺激に応答する多孔質ゲルの構造色変化、多孔質炭素材料の電極への適用[13][14]。(2) イオン液体中における高分子の相転移挙動の解析[15]。(3) レドックス活性基を有する(感温性)高分子の電気化学的挙動の解析、金基板上における(感温性)高分子の固定化と表面物性解析[16]。これらの研究を推進している。 参考文献 [1] 渡辺
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