【最近の研究】

     ポリマーイオニクス材料が拓く未来                (2005年度版)

     化学エネルギー・情報変換を司る高分子        (2002年度版)

 


ポリマーイオニクス材料が拓く未来

(本稿は「高分子」5311月号、888-889頁(2004)に掲載された内容を一部改稿したものである。)

 

1. 「エレクトロニクス」、「フォトニクス」、そして「イオニクス」の協奏

 

  20世紀後半はエレクトロニクスの時代だったが、21世紀は電子や光に加えてイオンが活躍するイオニクスの時代であると考えられる。すなわち21世紀における科学技術のキーワードの一つとして「イオニクス」が挙げられる。

  「エレクトロニクス」がエレクトロン(電子)とダイナミクス(動的過程)の合成語であるのと同じく、「イオニクス」はイオンのダイナミクスを扱う材料化学の領域として、またクリーンなエネルギー変換系の旗頭として、多くの研究者や技術者が関心を寄せるホットな領域になってきた。

 

  エレクトロニクスの発展がトランジスターという固体素子の登場に始まったように、イオニクスが21世紀を担う技術に育つには、イオンがその中で伝わる固体電解質の開発が求められている。ごく最近まで、イオンが伝わる媒体として使われてきたのは専ら液体だった。小型で多機能の携帯電話を実現させた電源に用いられているリチウムイオン電池にも可燃性の有機溶媒がリチウムイオン伝導の媒体として使われている。

そこで私たちは有機高分子からなる固体電解質を中心にポリマーイオニクス材料に関する研究に取り組んでいる。私たちが目線を据える先は「環境に配慮した持続的な発展が可能な社会を維持し、健康で快適な生活を送るための科学や技術」である。その手がかりとなる新たなエネルギー変換系や化学情報変換系を実現させる事を目指して、イオンをはじめ電子や光を操る材料システムやデバイス、それにナノメートルオーダーの構造を巧みにつくり制御するナノ構造材料を2本柱として研究を行っている。

 

2. イオン液体を取り込んだ「イオンゲル」

 

  高分子を用いた固体電解質としては、リチウムイオンポリマー電池のように高分子ゲル電解質を薄膜にしたものが登場し、既に実用化されている。

  私たちが強い関心をもって手がけてきたのは、イオン液体を活かしたひと味違うゲル電解質である[1]。イオン液体は常温溶融塩とも呼ばれるイオンだけからなる液体で、他にはない特徴を備えている。溶質はイオン、それを取り巻くのもイオンに限られるので、イオン導電率が高い。揮発性も無ければ可燃性も無く、化学的に安定で電気分解されにくい。取り扱いが容易で安全性も高いという利点も歓迎され、90年代後半から安全でクリーンな新しい溶媒として注目されるようになった。非極性有機分子から遷移金属触媒まで多様な物質を溶かす事が出来る上、イオン液体中では様々な化学反応もスムーズに進む。

  典型的なイオン液体は、イミダゾリウムやピリジニウムのような窒素を含む芳香族陽イオンと各種の無機陰イオンの組み合わせからなる常温で液体の有機化合物である。私たちはイオン液体と高分子の組み合わせに注目して、イオン液体にビニルモノマーを溶かしてそのまま重合させ、生成したポリマーの網目の中にイオン液体が閉じ込められたゲル(イオンゲル)を合成した。

  無色透明で力学的な強さと共に適度な柔らかさを持つイオンゲルこそ、ポリマーイオニクスの実際の担い手である。このゲルは固体薄膜にする事も可能で加工すると従来の高分子固体電解質より、100倍以上も導電率の良い優れた材料になる。

  イオン液体は「デザイナーソルベント」と呼ばれるほど、陽イオンと陰イオンの組み合わせ次第で様々の種類を作り分ける事が可能だ。そのバラエティーは100万を軽く超えると言われる。組み合わせによって、プロトン伝導性、電子輸送性、リチウムイオン伝導性などの特性を持たせる事も出来る。多種多様な物性や化学的性質をもつイオン液体からなるイオンゲルも、それに伴ってデザイン可能なとりどりの性質を帯びる事になる。

 

 

3. 「イオンゲル」による新しいエネルギー変換系

 

  当研究室では前述のような、燃えない、蒸発しないなどの好ましい特性を備えた無色透明な新規リチウムイオン液体[2]を実現する事に成功した。これを使ってさらに効率の高いリチウムイオンポリマー電池が生まれる可能性があると考えている。

  また、プロトン伝導性イオン液体を発見して、水の無い条件下で迅速なプロトン輸送が起きる事を見出した[3]。さらにこれを用いて100 °C以上の温度で水素の酸化・酸素の還元を行う事の出来る無加湿燃料電池を作り上げた。水が要らない上、高価な触媒も電池の温度上昇を防ぐ大型ラジエータも必要が無いという、まさしく環境配慮型の科学・技術である。

  さらに最近注目が集まっている色素増感太陽電池[4]にも挑戦して、高いエネルギー変換率を達成している。色素増感太陽電池は、天然の優れた太陽光エネルギー変換系である光合成をモデルにしている。赤紫色のルテニウム錯体と微細な酸化チタン結晶、それに電解質を材料として、軽い、価格が安い、さらにイオン液体を用いる事で耐久性に優れるなどの利点を備えた電池が実現しつつある。将来、屋外用途やウェアラブルな太陽電池への道が開ければ、社会にもたらすメリットは計り知れない。

  一方、イオンゲルに電場をかけるとゲルが形や大きさを変化させる事を見出したのをきっかけに、イオンゲルを高分子アクチュエータに適用する試みも進んでいる[5]。医療用の血管カテーテル先端にイオンゲルを取り付けて電気を通せば、自在な遠隔操作ができる。血管内に生じた細かい血栓の除去などにひと働き出来るものと期待している。将来はマイクロマシンや人工筋肉素材への展開も期待される。

 

 

4. 化学情報変換系としてのナノ構造材料

 

  当研究室のもう一つの研究の柱として取り組んでいるのがコロイド結晶や感温性高分子を用いたナノ構造材料である。

  コロイド結晶を利用したナノ多孔質ゲル[6]もその一つだ。ナノ粒子の情報をハイドロゲルに記憶させる技術と言っても良い。数百ナノメートルほどの直径をもつシリカの懸濁液から溶媒を蒸発させて細密充填型コロイド結晶を作り、これを鋳型として作られた高分子ゲル素材である。このコロイド結晶の隙間にモノマー溶液を入れて重合させると、結晶ごと取り込んだポリマーが生成する。これからシリカ粒子を溶出させれば微細な孔が規則正しく並んだ多孔質のゲルが生まれる。しかも孔構造は連結しているのが特徴であり、はじめのシリカコロイド結晶のちょうどネガの構造を保ったゲルである。

  シリカの粒子が規則正しく並んだ結晶構造は、光の干渉によってオパール色を示し、独特の色調が現れるが、その結晶を鋳型として作られた微細多孔ゲルは逆オパール構造を持ち、同じように構造色が現れ、さらにゲルの膨潤・収縮変化に伴いその構造色を変化させる。応用として、糖と特異的に反応するフェニルボロン酸をこのゲル網目に導入すると、血糖値をゲルの構造色の変化によって知る事が出来る、新しいタイプの血糖値センサーとなる[6e]

  コロイド結晶の鋳型を使って、リチウム電池や燃料電池に使うことも可能な多孔質炭素材料作りも手がけている[7]。シリカコロイド結晶の隙間にモノマーを入れ、重合させた上でこれを炭化させる。すると、炭素とシリカのコンポジットが生成するので、これからシリカだけを溶解させる。このような方法で表面積が大きく、電子やイオンが伝導するナノスケールの経路を備えた多孔質の炭素材料が生成する事に成功した。イオンゲルを孔の中に入れてやれば、多様な固体電気化学システムが誕生すると信じている。

  以上のように多角的な研究内容であるが、「人に感動を与える研究を!」を合言葉に、教員、博士研究員、学生が一体となって研究を楽しみながら進めている。

 

参考文献

[1]      (a) 渡邉正義、野田明宏、金子健人、川野竜司、化学と工業、54, 281-285 (2001); (b) A. Noda, M. Watanabe, Electrochim. Acta, 45, 1265 (2000); (c) S. Seki, M. A. B. H. Susan, T. Kaneko, H. Tokuda, A. Noda, M. Watanabe, J. Phys. Chem. B, 109, 3886 (2005); (d) M. A. B. H. Susan, T. Kaneko, A. Noda, M. Watanabe, J. Am. Chem. Soc., 127, 4976 (2005).

[2]      (a) H. Shobukawa, H, Tokuda, S. Tabata, M. Watanabe, Electrochim. Acta, 50, 305 (2004); (b) H. Tokuda, S. Tabata, M. A. B. H. Susan, K. Hayamizu, M. Watanabe, J. Phys. Chem. B, 108, 11995 (2004); (c) H. Shobukawa, H. Tokuda, M. A. B. H. Susan, M. Watanabe, Electrochim. Acta, 50, 3872 (2005).

[3]      (a) A. Noda, M. A. B. H. Susan, K. Kudo, S. Mitsushima, K. Hayamizu, M. Watanabe, J. Phys. Chem. B, 107, 4024 (2003); (b) Md. A, B. H. Susan, A. Noda, S. Mitsushima, M. Watanabe, Chem. Commun. 2003, 938; (c) M. A. B. H. Susan, M. Yoo, H. Nakamoto, M. Watanabe, Chem. Lett., 2003, 836; (d) H. Matsuoka, H. Nakamoto, M. A. B. H. Susan, M. Watanabe, Electrochim. Acta, 50, 4015 (2005).

[4]      (a) R. Kawano, M. Watanabe, Chem. Commun., 2003, 330; (b) H. Matsui, K. Okada, T. Kawashima, T. Ezure, N. Tanabe, R. Kawano, M. Watanabe, J. Photochem. Photobio. A, Chem., 164, 129 (2004); (c) R. Kawano, H. Matsui, C. Matsuyama, A. Sato, M. A. B. H. Susan, N. Tanabe, M. Watanabe, J. Photochem. Photobio. A Chem., 164, 87 (2004); (d) H. Matsui, K. Okada, N. Tanabe, R. Kawano, M. Watanabe, Trans. Mater. Res. Soc. Jpn., 29, 1017 (2004); (e) N. Yamanaka, R. Kawano, W. Kubo, T. Kitamura, Y. Wada, M. Watanabe, S. Yanagida, Chem. Commun, 2005, 740; (f) R. Kawano, M. Watanabe, Chem. Commun., 2005, 2107.

[5]      (a) 南條さやか、渡邉正義、浅井勝彦、横山和夫、山本正樹、2004年電気化学春季大会予稿集、p. 262; (b) T. Honda, S. Nanjo, S. Tabata, M. Watanabe, Polymer Prepr., Jpn., 54, 1745 (2005).

[6]      (a) Y. Takeoka, M. Watanabe, Langmuir, 18, 5977 (2002); (b) Y. Takeoka, M. Watanabe, Adv. Mater., 15, 199 (2003); (c) M. Kumoda, Y. Takeoka, M. Watanabe, Langmuir, 19, 525 (2003); (d) D. Nakayama, Y. Takeoka, M. Watanabe, K. Kataoka, Angew. Chem. Int. Ed., 42, 4197 (2003); (e) H. Saito, Y. Takeoka, M. Watanabe, Chem. Commun., 2003, 2126; (f) Y. Takeoka, M. Watanabe, Langmuir, 19, 9104 (2003); (g) Y. Takeoka, M. Watanabe, R. Yoshida, J. Am. Chem. Soc., 125, 13320 (2003).

[7]      S. Tabata, M. Watanabe, Polym. Prepr., Jpn., 53 1566 (2004).

 


 

 


 

化学エネルギー・情報変換を司る高分子

  材料を材料システムへと創り込むためには、従来の構造−物性相関の解明という視点のみならず、エネルギーや情報の伝達とそのシステム化の方法論の確立が不可欠である。このシステム化の鍵として分子シンクロナイゼーションなる概念が提案されている。高分子を用いた化学エネルギー・情報変換系創製のための新しい方法論を、分子シンクロナイゼーションという観点から模索している私たちの研究室の研究例を紹介する。

(本稿は「高分子」516月号, 428-432頁(2002)に掲載された内容を改稿したものである。)

 

1. 材料から材料システムへ   

 

 20世紀を通じて輝かしい発展を遂げてきたエレクトロニクスシステムや機械システムといった工学システムにおいては、入力(刺激)に対して的確な出力(応答)を得るために、種々の単一の機能を持った部品あるいは材料を積み木のごとくにアセンブリーする手法が取られてきた。この様なアセンブリーによってシステムを構築していく手法においては、そのサイズや用いる材料の種類に制約があるため、21世紀を迎えた現在その産業的・社会的要請が著しく高まってきている「これまでにない高効率性と高機能性を備え、一方においては、環境への調和と生体への適合性を満足する工学システムの創生」に対処するには自ずと限界がある[1]

 ひとつの材料の中に入力(刺激)→ 出力(応答)に至るシステムを組み込むことは出来ないであろうか? ICなどの電子部品からエレクトロニクスシステムを造るように、またモーターや歯車から機械システムを造るように、まったく新しい工学システムとして分子や原子から「材料システム」を造るのである(図1)。従来の材料研究は構造?物性の相関性の解明を基軸に発展して来たが、システムが成立するためには、エネルギーや情報の伝達とそのシステム化の方法論の確立が不可欠である。すなわち、材料そのものの中に入力から出力に至る一つの完結したシステムが組み込まれた材料システムを構築するためには、構造−物性相関という視点の研究だけでは不十分であり、エネルギーや情報伝達とそのシステム化という視点の研究が必要になる。

 ここで材料を材料システムにするためには、ミクロな機能団の受けた刺激が協奏的作用を通じて増幅しマクロな物性変化にする、エネルギーや情報を伝達するシステム原理が必要であることに気付く。この材料が刺激に呼応して材料システムとして機能するシステム原理は、エレクトロニクスシステムにおける「電子」、機械システムにおける「力」に対応し、材料システムにおいては「分子シンクロナイゼーション」とも呼べると考えられる(図1[1]

 高分子の分野に絞ってみても、構造−物性相関の解明という縦糸は、従来通り今後とも研究の基幹となることは間違いない。しかし、この縦糸にエネルギーと情報という横糸を入れ、材料(物質)からなるシステムを構築して行くことは、生体系の例を引くまでもなく今後の新しい高分子研究の研究方向となり、この縦糸と横糸が絡んだ綾の中に多くの新しい発見や発展がもたらされると期待される。

 

1 従来の工学システムと、材料を用いた
      新しい工学システムとしての材料システム

 

 

 

2. 化学エネルギー・情報伝達および変換と高分子

 

 溶液中の高分子、ゲル、ゴム状態の高分子網目などは、弱い相互作用のバランスでその構造が規定されているソフトなポリマーネットワークということができる。これらソフトなポリマーネットワークでは、一部の機能団の受けた外部刺激による微弱な摂動が質的に変換され、この弱い相互作用の分子ネットワークを通して時間的・空間的にシンクロナイズして伝達されるという現象がしばしば見られる。すなわちこの弱い相互作用のネットワークは、構造を形成するネットワークであると同時に、情報やエネルギーの伝達や変換を司るネットワークとして機能し得る。

本稿では、このポリマーネットワークの分子シンクロナイゼーション現象を分子レベルで明らかにし、化学エネルギー・情報変換系創製のための新しい方法論を模索している筆者らの研究例を中心に紹介する。具体的には、ポリマーネットワーク中のイオン輸送現象や界面電子移動反応が高分子鎖の局所的分子運動とシンクロナイズして起きることに着目、これまでに無い高いイオン伝導性かつ電極界面での迅速な電子移動反応性を有する高分子固体電解質を創製した。さらにこの固体電解質を用いた電解重合により化学エネルギー変換デバイスの構築を試みた。情報の取り出しおよび刷り込みに関しては、レドックス活性高分子を修飾した酸化還元酵素を創製し、化学情報を選択的かつ効率的に電気信号に変換するシステムの構築を目指した。また高分子ゲル中への情報の刷り込みを試み、ゲルを修飾した微小電極を用いた情報の取り出しを図った。

 

 

 

3. ポリマーネットワークを用いた化学エネルギー変換 

 

 負極/電解質/正極構造を有する化学電池は、反応のギブスエネルギー変化を直接電気エネルギーに変換することが可能なシステムであり、現在実用レベルに至っている最も高度に発達した材料システムの1つである。セル中では界面電子移動反応、電解質中のイオン輸送、および外部回路中の電子輸送がシンクロナイズして起きることにより効率的なエネルギー変換が達成される。これまでに、この電解質部分に従来の液体に代えてポリマーネットワークを用いる多くの試みがなされてきた(図2[2][3]。このポリマーネットワークの局所運動とイオン輸送や界面電子移動反応を効率的にシンクロナイズさせることが出来れば、新しい化学エネルギー変換システムの実現が可能になると考えられる。

 高分岐型ポリエーテルを用いた高分子固体電解質では、分岐鎖の速い分子運動とイオン輸送がシンクロナイズして起きるために、室温で10-4 Scm-1以上の高いイオン伝導性が実現された[4]。従来ポリエーテルを溶媒に用いた固体電解質では、結晶化度を低くし、さらにガラス転移温度(Tg)を低くすることが速いイオン輸送に必要と考えられてきた。これに加え、ポリマーネットワークのトポロジー変化がイオン輸送に影響すると考えた。例えば、図33のマクロモノマーを架橋して得たネットワークポリマー中にリチウム塩を溶解して得た固体電解質では、マクロモノマーの分子量変化に対してTgは一定であるにも係わらず、イオン導電率は極大を与えることを見出した[4]。高分岐型ポリエーテルを用いた固体電解質に特徴的なのは、Tgにおけるイオン導電率が主鎖型ポリエーテルと比較して高い点である[4]。ここにも、分岐側鎖がイオンの速い輸送に関与していることを観ることができた。また、パーフルオロ構造を有する高解離性の高分子電解質のリチウム塩を高分岐ポリエーテルに相溶化させると、高速イオン輸送と選択イオン輸送が可能であることを示した[5]。分岐構造の導入はリチウム/高分子固体電解質界面の電子移動反応速度にも影響を及ぼし、分岐鎖密度の増大によって電荷移動抵抗が減少した[6]。このことは、高分子の設計によってイオン輸送速度のみならず界面の電子移動反応の速度が制御できることを意味する。このように、エーテル系高分子の局所ダイナミックスを、イオン輸送や電極界面での電子移動反応とシンクロナイズさせるという高効率化学エネルギー変換指標を提出することができた[7]

 さらに、高分子固体電解質を用いたピロールの電解重合によって、重合反応にシンクロナイズして、正極/電解質傾斜材料の形成および負極の析出が起きるために、化学エネルギー変換デバイスのその場構築の可能性が示された[8]。ナノテクノロジーに適用可能なマイクロバッテリーへの展開も期待される。
 最近、図4に示すようにカチオンとアニオンのみからなる液体(イオン液体[9])中でポリマーネットワークを合成することにより、高分子網目の中にイオンが閉じこめられた(完全に相溶した)新しい高分子固体電解質を見出し「イオンゲル」と名付けた[10]。イオン液体は、液体でありながら蒸気圧が無い(無視できる)、不燃性、熱的・化学的・電気化学的安定性に優れる、イオン伝導性が高いといった特徴を持つ液体で、新しい溶媒として多くの注目が注がれている[11])。私たちはこのイオン性液体と高分子の組み合わせに早くから注目していた[12]。エーテル系高分子をイオン伝導媒体として用いた場合、キャリヤイオン数を増大させるために電解質濃度を上昇させると、その移動度は系のTgの増大によって低下してしまう。イオン液体と高分子の組み合わせによってこの問題が解消できると考えたからである。相溶系のイオンゲルは、透明な固体薄膜として得られ、室温で10-2 Scm-1程度の高イオン伝導性を示す。イオンゲル中のイオンは高分子の鎖の動きからデカップリングしているため、このような高速イオン輸送が実現したと考えられる。現在、イオン液体やイオンゲル中のイオン、プロトン、電子の輸送現象を検討し[13]、新しい化学エネルギー変換系創出を目指している。

2 高分子固体電解質を用いたリチウムポリマーバッテリー

 

3 高分岐型ポリエーテルおよびポリエーテルマクロモノマー

 

4  イオン液体中でのビニルモノマーのその場重合により得られるイオンゲル

 

 

 

4. 生体高分子からの情報の取り出し

 

 生体高分子の一つである酸化還元酵素を合成化学的に改変し、電極との間の迅速な電子移動反応が酵素活性を損なうことなく可能にすることは、化学情報の選択的な電気信号への変換とその高感度増幅につながる。すなわち特定の化学物質に応答する一種の分子トランジスターを実現することになる。しかし酵素は電極界面において変性しやすく、また電極との間の迅速な電子移動反応は、活性中心が絶縁性のタンパク質に囲まれているため一般に困難である。
 グルコースオキシダーゼ(GOx)はグルコースセンサーへの応用の期待もあってこれまでに最も多くの化学修飾の研究例[14]のある酵素の一つである。筆者らは、片末端にレドックス活性基であるフェノチアジン(PT)を、もう一方の末端にカルボキシル基またはアミノ基を定量的に有するポリエチレンオキシド(PEO)の合成法を確立した。この末端官能基の反応性を利用し、GOxの変性を抑制しながら表面のリジン残基(アミノ基)またはグルタミン酸・アスパラギン酸残基(カルボキシル基)に選択的にPT-PEOを修飾した[15]。修飾酵素(GOxハイブリッド)はPT基修飾によりレドックス活性となり、また電極界面吸着も抑制され、基質であるグルコース存在下ではPT基の酸化電位以上の電位で酵素触媒反応にもとづく定常電流が観測された。これは、図5に示すように修飾されたPT基がPEOスペーサーを介して、GOxの活性中心付近の補酵素(FAD/FADH2)と電極間の電子シャトルとして働く自己メディエーターとなるためである。

 ハイブリッド酵素の触媒電流には興味深い多くの特徴が観測された[15]。第1にPEOスペーサーを介さずに修飾した場合と比較し著しく大きな電流が観測されPEO鎖長が3000のときに極大を示した。最大の電子移動速度定数(触媒反応のターンオーバー数)は388 s-1と極めて高い増幅率を実現した。第2にPT-PEO修飾数の増大とともに電流値は増大し極大点を与えた。この極大を与える修飾数はPEO鎖長の増大とともに低くなった。第3に修飾PEO鎖長の短いハイブリッドでは、残基数も多く補酵素近傍に多くの残基を有するカルボキシル基修飾の方がより効率的な電子移動反応がおきた。第4に、PEO鎖長が3000PT-PEOを修飾した場合には、混合系よりもより高い触媒電流を与えることを見出した。これらの結果は、修飾したPT基が柔軟で親水性のPEO鎖を介して酵素に結合しているため、電極と補酵素の間を迅速かつ効率的に行き来することにより(ワイプメカニズム)効率的な電子移動が実現すること、この効率はPEO鎖長および修飾数の増大とともに上昇するが、修飾PT-PEO鎖の排除体積同士が重なりあうと低下して行くことを意味していると考えている。すなわち修飾したPT-PEOが時間的・空間的にシンクロナイズして効率よく電子伝達を実現したときに最も触媒反応速度が大きくなることを見出した。

 

5 フェノチアジンがPEO鎖を介して修飾したGOxハイブリッド

 

 

5. ハイドロゲルへの情報の刷り込みと取り出し


 ハイドロゲルを試験管の中でつくると試験管の形になる。この形は膨潤させても収縮させても保たれる。この記憶はどの大きさまで保たれるのであろうか。極論して分子のレベルまでこの記憶を保たせることはできないのであろうか?直感的にゲル中での高分子鎖の可動範囲と記憶させる物質の大きさの関係が重要であることが分かる。さらにこの高分子鎖を運動させる熱エネルギーと記憶させる物質との間の、相互作用の強さの関係も重要である。ここでは、分子およびナノ粒子の情報をハイドロゲルに刷り込む試みを示す。

 従来、分子認識能を有する分子(高分子)には、クラウンエーテルに見られるようなホスト?ゲスト化学においても、また分子インプリント法に見られるような鋳型重合においても、ホストのコンフォメーションの自由度を低くしゲストに適合する空孔を坦持させることが必須な要件と考えられてきた。大きな膨潤・収縮といった体積変化を起こす高分子ゲルに分子特異的・選択的な膨潤度変化を誘起させることは興味深い研究課題である[16]

 これまでに、N-イソプロピルアクリルアミド(NIPAAm)とアクリル酸(AAc)をゲスト分子存在下、ジオキサン(DOX)中で重合した共重合ゲル(MRゲル)は、ゲスト分子(ノルエフェドリン、アドレナリン等)非存在下で合成された参照ゲル(RFゲル)には見られないゲスト分子濃度増大に伴う分子特異的膨潤度の増大を収縮相において示す事、さらに分子特異性のみならず分子選択性も示す事を報告した(図6[17]DOX中で重合したゲルは白濁した相分離ゲルであるが、低温膨潤、高温収縮の感温性を示す。MRゲルでは収縮相の膨潤度が測定水溶液中のゲスト分子濃度の増大、ゲル中のAAc組成の増大とともに上昇する(この相を分子認識相と呼ぶ)。この現象はRFゲルや、MRゲルでもNIPAAm単独ゲルには見られない。また、相分離して白濁したゲルにおいてのみ分子認識相が現れた。相分離構造の重要性は、高分子網目密度の高い相中の高分子鎖のエントロピーを減少させる点にあると考えている。

 このようなハイドロゲルを微小電極上に化学的に固定化すると、ゲルの相転移温度や膨潤度が水溶液中に加えた化合物によって大きく変化することを利用したプローブ分子の電気化学応答の劇的な変化が実現できた[18]。今後、分子特異的な情報変換が期待される。

一方、ナノ粒子の情報をハイドロゲルに刷り込む試みが最近活発に行われている[19]。筆者らは、最密充填シリカコロイド結晶[20]を鋳型にハイドロゲルを合成し、その後これを溶解除去すると、ゲル中にコロイド結晶のネガ構造が保持されることを見出した[21]。シリカコロイド結晶の格子定数は可視光領域であるために、このネガ構造を持つハイドロゲルも構造色を呈する。多結晶状態のコロイド結晶を用いるとオパール状に輝き、単結晶を用いると単一色を呈する。このゲルは、最密充填コロイド結晶を鋳型に用いているためゲル中のコロイドネガ構造は互いに連結している。その結果、外部刺激に対して極めて速い膨潤・収縮応答を示す。さらに、この膨潤・収縮過程にシンクロナイズして、この構造色を変化させることを見出した[21]

6 分子情報を刷り込んだハイドロゲルの膨潤度変化

 

 

 

6. おわりに


 「材料から材料システム」を合い言葉に、高分子を用いた化学エネルギー・情報変換に関する研究例を紹介した。エレクトロニクスシステムにおける電子、機械システムにおける力と比べ、分子シンクロナイゼーションはいまのところ曖昧模糊としている。究極の材料システムである生体が、精緻であるのと同時に複雑であるように、致し方ないところかもしれない。しかし、夢多い、発展の期待できる分野であることは間違いない。一人でも多くの研究者がこの分野に関心を持たれることを期待している。

 

 

 

参考文献

[1]      科学研究費補助金「特定領域研究(A)」申請書、“新しい材料システム構築のための分子シンクロナイゼーション”、申請代表者 赤池敏宏、1997.

[2]      J.-M. Tarascon, M. Armand, Nature, 414, 359 (2001).

[3]      (a) F. M. Gray, Polymer Electrolytes, The Royal Society of Chemistry, Cambridge, UK, 1997; (b) 渡邉正義、緒方直哉、“導電性高分子”、講談社、1990pp. 95-150.

[4]      (a) A. Nishimoto, M. Watanabe, Y. Ikeda, S. Kohjiya, Electrochim. Acta, 43, 1177 (1998); (b) A. Nishimoto, K. Agehara, N. Furuya, T. Watanabe, M. Watanabe, Macromolecules, 32, 1541 (1999); (c) M. Watanabe, T. Hirakimoto, S. Mutoh, A. Nishimoto, Solid State Ionics, 148, 399 (2002).

[5]      (a) M. Watanabe, H. Tokuda, S. Muto, Electrochim. Acta, 46, 1487 (2001); (b) H. Tokuda, S. Muto, N. Hoshi, T. Minakata, M. Ikeda, F. Yamamoto, M. Watanabe, Macromolecules, 35, 1403 (2002).

[6]      M. Kono, E. Hayashi, M. Watanabe, J. Electrochem. Soc., 145, 1521 (1998).

[7]      (a) M. Watanabe, T. Endo, A. Nishimoto, K. Miura, M. Yanagida, J. Power Sources, 81, 786 (1999); (b) 渡邉正義、“21世紀のリチウム二次電池技術”、シーエムシー、2002pp. 149-175.

[8]      (a) J. Amanokura, Y. Suzuki, S. Imabayashi, M. Watanabe, Electrochemistry, 67, 1159 (1999); (b) J. Amanokura, Y. Suzuki, S. Imabayashi, M. Watanabe, J. Electrochem. Soc., 148, D43 (2001).

[9]      A. Noda, K. Hayamizu, M. Watanabe, J. Phys. Chem., B, 105, 4603 (2001).

[10]     (a) A. Noda, M. Watanabe, Electrochim. Acta, 45, 1265 (2000); (b) 渡邉正義、野田明宏、金子健人、川野竜司、化学と工業、54, 281 (2001).

[11]     (a) T. Welton: Chem. Rev., 99, 2071 (1999); (b) P. Wasserscheid, W. Keim, Angew. Chem. Int. Ed., 39, 3772 (2000).

[12]     M. Watanabe, S. Yamada, K. Sanui, N. Ogata, Chem. Commun., 1993, 929.

[13]     (a) M. Watanabe, T. Kaneko, S. Seki, Polym. Prepr., Jpn., 50, 3434 (2001); (b) A. Noda, K. Hayamizu, M. Watanabe, Polym. Prepr., Jpn., 50, 3491 (2001); (c) 川野竜司、渡邉正義、2001年電気化学秋季大会予稿集、p. 71.

[14]     (a) I. Willner, E. Katz, Angew. Chem. Int. Ed., 39, 1180 (2000); (b) W. Schuhmann, T. J. Ohara, H.-L. Schmidt, A. Heller, J. Am. Chem. Soc., 113, 1394 (1991); (c) A. Baida, R. Carlini, A. Fernandez, F. Battaglini, S. R. Mikkelsen, A. M. English, J. Am. Chem. Soc., 115, 7053 (1993).

[15]     (a) K. Ban, T. Ueki, Y. Tamada, T. Saito, S. Imabayashi, M. Watanabe, Electrochem. Commun., 3, 649 (2001); (b) S. Aoki, K. Ishii, T. Ueki, K. Ban, S. Imabayashi, M. Watanabe, Chem. Lett., 2002, 256.

[16]     竹岡敬和、渡辺正義、化学、53, 74 (1998).

[17]     M. Watanabe, T. Akahoshi, Y. Tabata, D. Nakayama, J. Am. Chem. Soc., 120, 5577 (1998).

[18]     D. Nakayama, K. Sasaki, M. Watanabe, Electrochemistry, 69, 1002 (2001).

[19]     (a) J. H. Holts, J. S. Holtz, C. H. Munro, S. A. Asher, Anal. Chem. 70, 780 (l998); (b) J. H. Holts, S. A. Asher,. Nature 389, 829 (1997); (c) Z. Hu, X. Lu, J. Gao, Adv. Mater., 13, 1708 (2001).

[20]     P. Jiang, J. F. Bertone, K. S. Hwang, V. L. Colvin, Chem. Mater., 11, 2132. (1999).

[21]     Y. Takeoka, M. Watanabe, Langmuir, 18, 5977 (2002).